小野環「百蝙蝠」展 レビュー
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【小野環「百蝙蝠」展 レビュー】
2025年4月19日〜9月7日/iti SETOUCHI

2025年4月から約5ヶ月間にわたり、iti SETOUCHI(福山市)にて、尾道在住のアーティスト・小野環氏による個展「百蝙蝠(ひゃくこうもり)」を開催いたしました。本展は、「Setouchi L-Art Project(SLAP)」の第5回アーティスト招聘プログラムとして実施されたものです。
小野氏は、20年以上にわたって尾道を拠点に活動し、「場所」「記憶」「地域資源」へのまなざしを軸に、作品制作をはじめ、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)、教育、空き家再生など、多彩な実践を積み重ねてこられました。2021年のSLAP立ち上げの際にも、地域に根ざしたアート・プロジェクトのあり方について、小野氏にご相談をさせていただいた経緯があり、この度展覧会という形でお招きできたことは、私たちにとっても大きな節目となりました。
展覧会タイトル「百蝙蝠」は、福山市の市章として知られる“こうもりマーク”に由来します。この意匠は、かつて「蝙蝠山」と呼ばれた福山城の地名と、「蝠=福」に通じる吉祥にちなんだものとされ、福山市出身の建築家・武田五一が選定に関与しました。小野氏は、この一見何気ない都市の記号を入り口にしながら、都市空間に潜む記憶の地層を掘り起こし、空間の知覚のあり方を問い直しました。
展示会場のiti SETOUCHIでは、館内各所の壁や柱、天井や吹き抜けに至るまで、こうもりマークが随所に散りばめられ、来場者はそれらを探索する過程で、建物の構造や来歴に自然と意識を向けるようになります。センターホールに設置されたインスタレーション《複眼鏡》では、分解されたカメラやビデオ機器を再構成して作られた多数の望遠鏡が配置されており、それらは視覚の拡張装置として機能しながら、多様な視線と焦点を都市空間に交差させる試みが展開されました。これらの作品は、再生建築としてのiti SETOUCHIそのものをめぐる批評的なまなざしにも繋がっています。
加えて、会期中には関連イベント・プログラムを実施しました。4月開催のトークイベント「百の試み」では、小野氏がこれまでに手がけてきた活動の軌跡が語られ、本展に至る背景が明らかにされました。5月開催のまち歩きツアー「こうもり山へ行ってみよう」では、福山市中心部の歴史的景観や近代建築の跡を巡りながら、都市の記憶を身体的に辿る体験が共有されました。7月のトークイベント「福山の市章と武田五一」では、谷藤史彦氏をゲストに迎え、市章誕生の背景や武田の人物像、美術工芸教育への貢献などを深掘りし、文化史的な観点から本展の意義を拡張する機会となりました。また、8月にはワークショップ「小さな家」を開催し、参加者が館内にミニチュアの家の模型を設置することで、空間の意味を問い直す創造的な対話の場が生まれました。
「百蝙蝠」は、アートが都市の記憶を活性化させ、空間に対する知覚や認識を更新する力をもつことをあらためて実感させるプロジェクトであり、SLAPの今後の活動の方向性を見出す上でも、示唆に富んだものとなりました。小野氏をはじめ、ご来場いただいた皆様、企画・運営にご尽力いただいたすべての方々に、心より感謝申し上げます。
2025年9月
Setouchi L-Art Project(SLAP)実行委員会
@slap.official_
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展示会場写真:橋本健佑 @hakken